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【江原啓之おと語り】2021年12月12日『不思議な夢体験』特集

・不思議はありません。そこに意味があるのです。
・不思議を理解するには、心の静寂が必要です。

はじめに

街にはイルミネーションが灯り、お散歩も楽しくなる季節ですね。
私の書籍『あの世の歩き方』(小学館)お陰様で好評でして、それだけみなさんあの世に対する興味が強いんだろうなとしみじみ思いました。
暗くあまり重たくなると良くないと思って、敢えてなるべくポップにおもしろく明るめに書いています。死んだ後、どうなるのかということを伝えないと、何が正しい供養なのかということも見えない。この世には供養本や、供養の仕方だとかたくさん言われていますが、まず死後の世界を伝えないとどの策が一番良いのかわからないと思って、この本を書きました。
今日は『ちょっと不思議な体験をした』をご紹介します。

不思議な夢と現実との因果関係について

お便り1:
とても不思議な夢を見ました。田舎の趣ある住宅街の奥に木が生い茂った場所があり、そこは神社。一つ目の鳥居をくぐり、少し歩き振り返って見ると一つ目の鳥居。黒縁の鮮やかな紅い大きな鳥居。本殿に向かう二の鳥居、三の鳥居をくぐるのを躊躇う私の左横に、少し背の低い女性がスッとやってきて私の腰をグッと押しながら「さっき言ったように、中で鬼に酒を飲ませているから、その間に円い筒状の棒を持ってくるのよ。静かにね」と言われました。私はそのミッションをなぜかもう知っていて、ああそうだ、と思い出し、鬼が酒盛りをしている小屋に入りました。隙を見て2階に駆け上がり、筒状の棒を探し、棒が落ちているのに気付いた途端、鬼の従者のような、白い装束を来た複数の男性に抑えられたと同時に、私の左腰をドンッドンッと叩かれた感覚で目を覚ましました。“失敗しちゃった。もう一度棒を取らなければ!”という気持ちのまま、また眠りました。普段は夢の続きを見ない私ですが、眠った後、私の左隣に来た女性の声だけでしたが「筒状の棒取り返せた。ありがとう」と伝えてくれました。こんなに覚えていて感覚が生々しい夢はなかなか見ないので、起きた瞬間“これは江原さんだ!”と思い、リモートワークの休憩中にこの文章を送っています!
A.江原さん
これは多分、そういう世界に行って来たのでしょうね。専門用語で言うと“自然霊”の世界に行ったのでしょうね。そうすると天狗などと同じで、鬼のようなのがいたりする。“取り返す”ということにも何か意味があるのでしょう。私が筒状の棒で連想するのは、リレーのバトン。バトンを譲るとか、世代交代とか、そういうことがあなたの周りに起きていないかな。何かが交代する、変わるとき。“それを取り返せた”ということだから、“これはどうかな、思わしくないんじゃないかな”ということを、元に戻したという出来事があったかもしれない。そういうようなことをメッセージ的に表しているのではないかという気がする。(あなたへの)ひとつ課題ですね。分析して研究してみてください。

江原さんのお話を夢の内容がマッチした

お便り2:
明け方見た夢ですが、海のような所を歩いており、向こう岸へ行きたくても満ち潮のようで行くに行けないと思っていたところ、潮が引いたらしく、真ん中に道ができていて向こう側へ歩くことができました。向こうでは色んな人と会話してましたが内容は覚えておらず、何か石碑のような建物をくぐっていったことだけは覚えており、まるでモーゼの十戒のような光景だったなあと思い、朝『おと語り』を聴いていてビックリ!江原さんが、言っていた光景に少し似ていたのです。私が見た夢は江原さんのように具体的にはっきりした夢ではなかったのですが、江原さんが「モーゼの十戒」と仰ったときには、ビックリしました。何だか不思議な感じがしました。
去年見た夢は、義理姉の姑さんが亡くなり、まだ間もない頃、夢の中で、あちらで家を建てていると仰って見せてくれました。平屋の和風の立派なお家。不思議とこのようにハッキリと光景も話した内容も何年経っても覚えている夢があり、こういう夢はスピリチュアルな夢、メッセージ性のある夢と思い、夢日記などに書いています。今回はあまりにもタイムリーだったため、信用してもらえないかもしれませんが、不思議に思いましたのでお便りさせていただきました。
A.江原さん
こういう夢の場合というのは2つのことで判断しないといけません。私が本に書いているように“あの世”に行ったのかもしれないなと思ってらっしゃるかもしれませんが、そういう場合もあるし、もうひとつには自分の心の映し出しの場合もある。自分がすごく迷っていたり、それに答えを出さなくちゃということで、自分で自分に答えている様子ということもあるかもしれない。去年見た夢で、あちらで家を建てているというのは、あちらに行ったのかもしれませんね。そういうのが混ざっている。最初の夢も、自分の心の中の問題だけではなく、本当に向こうに行って、向こうでアドバイスをもらってきている可能性もある。その答えは後にあるという感じもする。分析研究を続けて、わかったらまたお便りください。

臨死体験について

お便り3:
あの世とこの世のお話、とても興味深かったです。その中で、亡くなった方が“つるぎ”と言ったとありましたが、石川県白山市にも鶴来町があります。もしかしてと思って投稿させていただきました。私の知人も事故に遭い、意識不明で寝たきりだったときの話を聞きました。「身体から抜け、トントンと肩を叩かれ、“ねーねー、色々見せてあげるから、見にいく?”と言われた。普通は行かないでしょ?でもね、“行く!!!”って、行ったの(笑)!そして、それはそれは、ぜーーーーんぶ見てね!あれも!これも!そして、帰ってきたの!そしたら、身体に戻った。何もかも見てきたの」と。その方の人生は波瀾万丈、話を聞くと心も痛む人生を歩んでこられ、それも話してくださいました。その方から、この世の法則や、掃除が大切なことなど、たくさん教わりました。私も教わったことを人々に伝えていけるようにありたいです。住まわせていただいている土地に失礼のないように、場を清める意味で、拭き掃除、掃き掃除、まわりを整えて暮らしていきたいです。そしてユーモアを忘れず、自分の器に合った暮らしをしていきたいです。
A.江原さん
いい話ですね。これは要するに臨死体験。亡くなるときに(あちらへ)行って、でも帰ってきて助かって…という話、ありますよね。有名なところで外国の脳外科医の方が、自分が臨死体験をして、そのときの脳のMRIを助かってから見て「あんな夢を見ていたのはあり得ない」と言ったという話がある。自分自身があの世へ行ってきて、しかも女兄妹と会った。しかも女性の兄妹がいることを知らず、(この世へ)戻って来てから知ったんだとか。「だからこれは絶対にあの世はあるんだ」(と言った)という本を読んだことがある。世の中、色々なことがあるので、そういったことを理解すると人生って深いなと思うんです。ここで大切なのは、色々人生で悩むこともありますが、自分だけが抱えているんじゃない。あちらの世界、亡くなっている方、守護霊さんにしてもみんな見ているんだよということを理解してくれると嬉しいなと思います。

亡くなった祖母と昔の写真との結びつき

お便り4:
私の父方のおばあちゃんは、私が中1のときに亡くなりました。亡くなった後、夢に出てきて「青い封筒に手紙が入ってるから」というようなことを言いました。夢のことを両親に伝え、父の実家に行き、皆で戸棚など探しました。手紙は分かりませんでしたが、缶に入った数十枚の古い写真が出てきました。その中に神社のお祭りで皆が神輿を担いでいる写真があり、それを見た母が1人の男性を指差し「えっこの人だれ?」と父に聞くと、父は「俺だよ」と。母は驚き「この写真の光景を16歳のときに見た。私もこの時お祭りに来てた!」と。その時、母は神輿を担いだ父を“素敵だな”と思ったそうですが、見ただけで一時でした。母は16歳、父は19歳。その8年後に友達の紹介で2人は出会い、結婚。写真から、そのときの神輿の男性が父だと分かり、皆で縁を感じました。懐かしい写真があることをおばあちゃんは知らせたかったのかなと思います。“縁”は不思議で味わい深くて、出会いあり、別れあり、そして再会もあり。人生は楽しいですね。皆に感謝してこれからも頑張ろうと思います。
A.江原さん
いいお話ですね。こういうことありますよね。やはり偶然はない。必然なんですね。

Dr.Recella

 

・不思議はありません。そこに意味があるのです。
・不思議を理解するには、心の静寂が必要です。
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